鎌倉 長寿寺  2018/11/24

      2019/10/05

正式名称:宝亀山長寿禅寺
山号:宝亀山
宗派:臨済宗建長寺派
本尊:観音菩薩
創建年:(伝)南北朝時代初期
開山:古先印元
開基:(伝)足利尊氏・足利基氏


臨済宗建長寺派の「長寿寺」、大本山「建長寺」の塔頭寺院、足利尊氏ゆかりの寺院として有名です。創建の経緯については詳しいことが分かっていないようですが南北朝時代に入った北朝建武3年(1336年)に足利尊氏が古先印元を開山として創建、その後、尊氏の次子・関東管領の足利基氏が父の菩提を弔うために七堂伽藍を整え、尊氏の法名「長寿寺殿」から「長寿寺」と名付けたと伝わります。建長寺に残る古文書と長寿寺が保有する古文書では記録に矛盾するところもあるので(伝)又は「詳細不明」となっているようです。境内奥の矢倉には尊氏の遺髪を納めたと言われる変形五輪塔があり、京都の等持院と並ぶ尊氏の墓所となっています。

山門へ

本堂

かつては完全非公開の寺院でしたが本堂を新築してからは特定の限られた時期の晴天の日のみ拝観ができるようになりました。鎌倉街道と扇ガ谷と北鎌倉を結ぶ切通し・亀ケ谷坂の登り口にある長寿寺、いつもならまっすぐ伸びた石段の上にある山門は拝観謝絶の柵で遮られ、ここからの一望のみですが、真っすぐ延びる美しい石畳の向こうに佇む本堂、北鎌倉に来るときは中に入ることができなくてもこの光景を見るためにこれまで石段を上ること数回といったところでした。

観音堂

尊氏の五輪塔

さて、今回は初めて拝観が叶うこととなり山門から石段下まで繋がる多くの拝観者の列に並んで開門を待ちます。境内には何度も見てきた本堂、初めて上がることができました。そして本堂が新築されるまでは仏殿として本堂の役割をはたしてきた茅葺屋根の立派な観音堂、遠く奈良の古刹忍性山円成寺にあった多宝塔の第一層を大正時代に改造・移築して設置されたものです。本堂から繋がる小方丈や書院、ここから眺める白砂に石が配置された石庭、観音堂前のウグイスゴケが敷き詰められたグリーンの世界… 神奈川県を出て5年、なかば諦めかけていた長寿寺、やはり期待どおりの素晴らしさを満喫できました。

境内の庭園

書院内

 - 北鎌倉, 鎌倉