京都 常寂光寺  2013/06/22

   

宗派:日蓮宗
本尊:十界大曼荼羅
創建年:慶長元年(1596年)
開基:究竟院日禛上人

小倉山の中腹に建つ日蓮宗の寺院「常寂光寺」、慶長元年(1596年)に大本山本圀寺第16世究竟院日禛上人により開創されます。この地は、百人一首の編纂者・藤原定家の山荘「時雨亭」があったと伝わる地で、山の斜面に広がるモミジによって漏れ入る光の寂しい風情が幽雅閑寂で、天台四土にいう常寂光土の観があるところから寺名がつけられたということです。関ヶ原の戦いが終わった江戸時代初期、日禛上人に帰依した加藤清正、小早川秀秋ら大名の寄進により堂塔伽藍が整備されます。

早朝の総門

仁王門

本堂へ続く男坂

庫裡へつながる末吉坂(女坂)

文禄4年(1595年)、豊臣秀吉が建立した東山方広寺大仏殿の千僧供養への出仕・不出仕をめぐって、京都の本山が二派に分裂、日禛上人は、不受不施の宗制を守って不出仕に、これによる寺への後難をおそれ、やがて本圀寺を出て小倉山の地に隠栖して常寂光寺を開創します。寺伝によると、文禄5年 (1596年)、日禛上人が当寺に隠棲して堂舎を建立、さらに日韶上人が小早川秀秋の助力を得て桃山城客殿を移築して本堂としたと記録されています。その後、元和2年(1616年)に本圀寺の南門を仁王門として移築、さらに元和6年(1620年)に多宝塔が建立されます。

本堂

本堂裏庭

嵯峨野を見下ろす

平安時代より嵯峨野の地は、皇族や貴族の離宮、山荘をかまえる景勝地として有名でした。特に小倉山の山麓は、藤原定家の小倉山荘の他、公家や歌人が好んで別荘や菴を構えた地域です。歌人でもあった日禛上人、様々な歌人のゆかりの地であったこの地を京都の豪商角倉了以の従兄である英可から寄進を受けます。

多宝塔へ繋がる境内はオールグリーン!

竹林

多宝塔

山門から茅葺の風情ある仁王門へなだらかな石畳を進みます。大本山本圀寺客殿の南門を移築、寺伝によると運慶作の仁王像とされています。そして仁王門から本堂までの石段を一気に上がる男坂、または右へ折れて庫裡前に続くなだらかな末吉坂(女坂)、青モミジと木漏れ日の中に絨毯のような美しい緑の苔。梅雨の晴れ間が一番です。本堂脇をさらに上って多宝塔へ、ここからの眼下に見おろす嵯峨野の景観もすばらしい。二尊院、大河内山荘と並んで紅葉の絶景が見られる小倉山、でも新緑の季節なら青モミジだけでなく苔も竹も陽の光にキラキラ輝いて秋に負けないくらい魅力があります!

妙見堂

開山堂

謌僊祠

鐘楼

妙見の滝(2018/05/05)

 - 京都, 洛西