京都 神泉苑  2018/03/30

   

宗派:東寺真言宗
本尊:聖観音
創建年:天長元年(824年)
開基:空海
中興年:正保3年(1646年)
中興の祖:快我上人(覚雅上人)

二条城の南に位置し、平安京遷都時に禁苑として造営された「神泉苑」、当初の敷地は南北約500メートル、東西約240メートルに及ぶ池を中心とした大庭園で、平安時代初期には天皇や朝廷に仕える臣下による詩宴の場として、その後は密教僧による雨乞いや御霊会の場として使われ、ここでの東寺の空海と西寺の守敏による祈雨の法の競いも『古事記』や『今昔物語』に記されています。清らかな泉が常に湧くことから「神泉苑」と名づけられます。中世以降、朝廷の力が弱まるとともに神泉苑は荒廃し、慶長8年(1603年)、徳川家康が二条城を造営した際に敷地の大部分が城内に取り込まれて大幅に苑の規模が縮小されます。二条城築城後、筑紫の僧覚雅(快雅)が朝廷の許しを得て復興を図り東寺真言宗の寺院となります。後白河法皇の時代には、静御前が雨乞いの舞を神泉苑で舞い、この時が源義経と静御前の出会いの場であったとの伝承もあります。

北門

池の中島には弘法大師空海が勧請した善女龍王社、雨と水の神を祀ります。その傍に歳徳神を祀る恵方社はその年の恵方に向きを変えて祀る日本で唯一の社。12月31日の夜、住職によって歳徳神の恵方廻しが行われます。本堂から繋がる法成橋、一つだけ願い事を念じながら渡って善女龍王社へ参るようにすれば願いは必ず成就すると言われていて、最近では縁結びのパワースポットとして人気があります。

法成就池に浮かぶ龍王船

京の都に疫病が蔓延した貞観5年(863年)、多くの御霊を鎮めるために神泉苑で御霊会が行われた。貞観11年(869年)には、神泉苑の南端(現在の八坂神社三条御供社の位置)に66本(当時の律令制度の国の数)の鉾を立てて祇園社(現在の八坂神社)から神輿を出し神泉苑に繰り出して厄病払いを行い、これが京都三大祭のひとつ「祇園祭」の原型になったと言われています。

善女竜王社

押小路通に面した神泉苑の北側には立派な料亭入口の看板が立てられ、一度は料亭利用者しか入れないと勘違いして退散したこともありました。弘法大師空海の由縁もあって江戸時代には東寺真言宗の寺院として再興されます。本堂、善女龍王社など多くの建物は御池通沿いの南側入り口に鳥居があって迷うことなく入れます。関西を離れて久しぶりの神泉苑、以前は静かな境内でしたが良縁成就のパワースポットが知れわたってきたのか若い人の参拝が目立ちます。ちょうど桜の満開も季節、賑わう神泉苑の参拝でした。

鎮守稲荷社(矢劔大明神)

 - 京都, 洛中