京都 六孫王神社  2018/03/30

   

社名:六孫王神社
旧称:六ノ宮権現
創建:応和3年(963年)
主祭神:六孫王大神(源経基)・天照皇大御神・八幡大神
旧社格:正一位

第56代清和天皇の第六皇子・貞純親王の第一子源経基を祭神として祀っている「六孫王神社」、清和天皇が孫・経基与えた源姓、後に鎌倉幕府を築いた源頼朝をはじめ源義経、源義家、源(木曽)義仲、また足利、新田、細川、島津、明智、徳川などの名だたる武将がこの清和源氏から多数輩出される「超名門」、今でも全国から子孫がお参りに来られる由緒ある神社です。

清和源氏発祥の宮

鯉魚塚

六孫王神社の創建は、平安中期の応和3年(963年)、御祭神である源経基の子、満仲が父の霊を祀るために父が生前暮らしたこの地「八条亭」の跡地に神殿を建てたのが始まりとされています。その後、鎌倉時代になって源実朝の妻の本覚尼がこの地に実朝の菩提を弔う「遍照心院(大通寺)」を建立し、六孫王神社はその鎮守社とされたと言われています。

鳥居

拝殿へ続く参道

太鼓橋「鯉(恋)の架け橋」

唐門(奥が拝殿)

その後も清和源氏の流れを組む足利幕府によって手厚く保護されますが応仁の乱によって社領を失い衰退、江戸時代になって同じく清和源氏を祖とする徳川幕府の5代将軍綱吉が復興します。社殿の再建は宝永4年(1707年)をもって完了、現在に至っています。また大通寺は塔頭7か寺を数える大寺院となりますが、明治時代の終わりに現在の西九条へ移転、鎮守社だった六孫王神社だけが残ります。

誕生水弁財天社

臨終に臨み「霊魂滅するとも龍(神)となり西八条の池に住みて子孫の繁栄を祈るゆえにこの地に葬れ」と遺言を残した源経基、遺言通り遺骸は当地に埋葬され、創建された「六孫王神社」、境内中央にある龍神様が住むという「神龍池」、神様のお使いである鯉が泳ぎ、架けられた太鼓橋はいつしか「鯉(恋)の架け橋」と呼ばれるようになり良縁成就のパワースポットとして若い人に人気があります。また桜の名所としても有名で、今年の「京の桜巡り」、朝一番の名古屋発のぞみで境内に到着です。すでに境内には数人の参拝客やカメラマン、外国からの観光客で賑わっています。天気も良く桜も満開、桜・サクラ・さくら !! 幸先良いスタートとなりました (^.^)

境内から見るのぞみと桜

 - 京都, 洛中 , , ,