奈良 芳徳寺  2018/03/03

   

山号:神護山
宗派:臨済宗大徳寺派
本尊:釈迦如来
創建年:寛永15年(1638年)
開基:柳生宗矩
開山:沢庵宗彭(沢庵和尚)
別称:芳徳禅寺

柳生の里を見渡せる高台にある臨済宗大徳寺派の寺院「芳徳寺」、柳生家の菩提寺で「芳徳禅寺」とも称されています。寛永15年(1638年)に柳生又右衛門宗矩が父の柳生新陰流の開祖・石舟斎宗厳の菩提を弔うために親交のあった沢庵和尚を開山として建立されました。宝永8年(1711年)の火災により全焼しますが正徳4年(1714年)に再建します。本堂には本尊の阿弥陀如来を中心に、左右に柳生宗矩像や沢庵和尚像が安置されています。

山門

家康に仕え関ヶ原の戦いで活躍した柳生宗矩、徳川2代将軍・徳川秀忠の兵法(剣術)指南役となり、3代将軍・徳川家光の時に1万石を受けて遂に大名となり大和国柳生藩を立藩します。廃藩後は荒廃して山門や梵鐘も売却され、明治末期には無住の寺となりましたが、大正11年(1922年)に末裔である柳生基夫氏が資金を遺贈し本堂が再建、その後、大正15年(1926年)に副住職として赴任した橋本定芳(後に住職に就任)が芳徳寺の再興に奔走、柳生新陰流の普及に努めます。

本堂

柳生城の面影を残す濠と石畳の階段、境内はのどかでほんの数人の参拝客とすれ違うぐらい、本堂に入ると柳生家の資料館が併設されていて書物や絵画の他、鎧や刀剣が展示されています。本堂の縁側に座り込めばあまりの静けさで別世界、早春の陽の光も少しずつ強くなってきて肌寒さはなく気持ちの良いひとときを過ごすことができました (^.^) それにしても徳川家に重用され関ヶ原の戦いに挑む柳生宗矩、伊賀、甲賀の忍びのネットワークを駆使した陽動作戦が功を奏し東国の勝利に大活躍、その後も徳川幕府の信頼を得て、大和国柳生藩の大名の地位に上り詰めます。宗矩(父・石舟斎宗厳)の柳生新陰流は天下の剣術となり、史上稀に見る一地方の剣術士のサクセスストーリーがここに誕生するわけです。

資料館

 - 奈良, 柳生