鎌倉 岩船地蔵堂  2013/08/25

   


海蔵寺から鎌倉駅に向かう亀ケ谷切通との分岐点にある源頼朝の娘・大姫の守り本尊を祀る供養堂「岩船地蔵堂」、現在は海蔵寺の管理となっています。源頼朝の人質となっていた木曽義仲の子・義高に恋した大姫の悲運、血で血を洗う源氏の覇権争いの悲劇に巻き込まれ許嫁・義高を父・頼朝に殺害されます。義高の死後、大姫はノイローゼとなり政子の祈願も空しく、建久8年(1197年)、20歳の若さで亡くなります。自分の権威を脅かす可能性を次々と排除していく源頼朝、従兄弟の木曽義仲、叔父の源行家、そして弟の義経、範頼と次々と抹殺し、源氏一族は途絶えていきます。そして娘・大姫の許嫁・義高までも反逆を怖れ殺めてしまう。それを知った政子は義高に女装をさせ鎌倉から逃がしますが義高は追いつかれ殺害されます。母・政子をも拒絶するようになってしまった娘の大姫にやがて死が… 政子は自分を責め悩み続けます。
哀れな死を悼む北条、三浦、梶原など多くの人々が、この谷に野辺の送りをしたと伝えています。大姫の念持仏と伝えられている岩船地蔵、木造と石造ひとつずつの地蔵尊が祀られており、元禄3年(1691年)に堂が建て替えられたときに木造地蔵尊が安置されましたが、その胎内の銘札には「源頼朝の息女の守本尊」と書かれていたということです。現在では木造地蔵尊を前に、石造地蔵尊をその奥に安置しているので石造地蔵尊を直接拝むことはできません。

大津市膳所にある「義仲寺」、木曽義仲と妻・巴御前が眠り、そして彼を慕った詩人松尾芭蕉、「骸は木曽塚に送るべし」との遺志により今も義仲の墓の横に葬られています。こうなると悲運の義高が眠る「常楽寺」までも足を延ばしたくなります。

義仲寺

木曽義仲

巴御前

松尾芭蕉

 - 源氏山・御成通り・扇ヶ谷, 鎌倉