奈良 吉水神社  2015/08/22

      2018/02/01

白鳳年間に役行者が金峯山寺の格式高い修験宗僧坊として創建した「吉水院」、明治維新の廃仏毀釈により後醍醐天皇を守祭神とする「吉水神社」に改められます。兄・頼朝の追っ手から逃れるために源義経一行が隠れた吉水院、そしてそれもつかの間、さらに追っ手を振り切るために義経と静御前の永遠の別れの舞台となった吉水院、後醍醐天皇が京野の花山院から行幸され、吉水院宗信法院の援護のもと南朝の皇居とされた吉水院、現存する唯一の南朝行宮となっています。豊臣秀吉が花見の本陣とした吉水院、時代を越えたいくつかの顔を持ちます。本殿は旧吉水院護摩堂、隣接する書院には後醍醐天皇の玉間、義経が潜居したと伝えられる間があり、多くの遺品が残されています。やはり義経と静御前の追いつめられる旅路、引き裂かれるような別れ、それぞれの人生に残されたもっと辛いページ、そんな悲しい舞台でも毎年見事な花を咲かせ多くの人で賑わう吉野、ジーンと来るものがあり、ついつい感傷的になってしまいます。

吉水院標石
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参道
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後醍醐天皇御製の碑
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義経・静御前潜居の間
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後醍醐天皇玉座
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役行者
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境内
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庭園
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 - 吉野, 奈良 , ,